学習性無力感というキーワード、私たち自身のためにもおさえておいたほうがいい。

 学習性無力感とは、行動してうまくいかないことが積み重なる経験の先に、何をしても無駄だと感じ、動けなくなっていく現象のこと。

教員の学習性無力感

 教育という仕事は結果が目に見えにくい。達成感や成就感を得ることも簡単ではない。(例外的に、毎年卒業の時期や学級の解散の時期には、比較的に実感しやすい)

 積み重なる生活指導、学級経営での躓き、やってもやってもうまくいかないと、少しずつ無気力になっていく。同僚や保護者からの厳しい指摘。焦って対症療法を行うも失敗。そのうちどうせ自分はダメなんだと、否定的に。未来のことを考えられなくなり、現在の立っている場所から、一歩も動けなくなる。

 そうならないために大事だと感じるのは、自分の踏み出した一歩を認める力。うまくいってもいかなくても、踏み出した自分を肯定的に受け止める癖をつけられると良い。教育界隈では、数年前からリフレクション(省察)というワードが出てきている。リフレクションはスキルであるから、学習して学ぶことができる。

子ども(未来の大人)の学習性無力感

 また、これは子どもたちにとっても重要な視点である。学校という組織の中では、自分を見守ってくれて、認めてくれて、褒めてくれる存在がいる。しかし、大人になると、それが得られなくなる可能性がある。そのとき大事なのは、自分で自分を認められること。自分で自分を褒めてあげられること。これは根拠のない自信を身に付けることとは全く違う。

 子どもたちが、それができるようになるために、教員は何ができるのだろう。過程を認めてあげること、良いところを見つけてあげること、(ダメなことはダメだと伝えてあげること、)挑戦を奨励し失敗を励ますこと、成功体験を与えること、自分を愛してくれる存在がいると実感させること。

まとめとして

 学習性無力感に襲われると、なかなか状況を改善させることが難しい。そうなる前に、日頃から自身の毎日の「一歩」を認める習慣ができるといい。リフレクションは大事なスキル。
 子どもたちには、「愛してくれている存在がいる」と実感できるような、自分自身を肯定的に受け止められるようになるような、そんな指導ができたら。そんなことを考えている。

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